SteamDeck の Linux Desktop で日本語入力環境を作る

前回 SteamDeck には簡単に Linux 環境をインストールできることがわかりました。SteamOS には最初から distrobox コマンドがインストールされており、コマンド一つで各種 Linux 環境を入れることができます。

例えば Ubuntu をインストールするならコマンドラインから「distrobox create -i ubuntu:22.04」のように実行するだけです。apt 経由で各種ソフトウエアを利用できるので開発環境の構築なども簡単です。またインストールした環境はコンテナなので、失敗しても削除できますしすぐやり直すことができます。気軽にテストすることができます。

今回は Debian で GUI の日本語入力環境を整えてみます。

先に USB または Bluetooth キーボードを接続しておいてください。マウスもあった方が良いですが、SteamDeck 右側のタッチパッド + R2(左クリック) / L2(右クリック) でも代用できます。

(1) SteamOS のデスクトップに切り替える

  1. 「STEAM」ボタン → 「電源」→「デスクトップに切り替え」

以降再起動でゲーミングモードに戻った場合は、再びこの操作でデスクトップに切り替えてください

(2) 日本語表示に切り替える

  1. デスクトップ左下の Application Launcher アイコン → Settings → System Settings
  2. Regional Settings → 一番上にある Language 右端の「Modify…」
  3. 「Change Language」→「日本語」を選択
  4. 右下の「Apply」→ 右上の「Restart now」→「OK」
  5. 再起動するので、再びデスクトップに切り替えておきます。

(3) キーボードを日本語配列に切り替える

接続したキーボードが日本語配列の場合以下の設定を行います。英語配列キーボードを使用していて不要な場合はスキップしてください。

  1. デスクトップ左下の「アプリケーションランチャー」アイコン → 設定 → KDE システム設定
  2. 入力デバイス →「レイアウト」タブを選択 → 「レイアウトを設定」にチェックを入れる
  3. 「+Add」ボタン → Search欄に「109」を入れて「日本語 (OADG 109A)」を選択 → OK
  4. もとからあった英語配列を削除します。”英語(US) ” を選択して「-Remove」ボタンで削除
  5. 右下の「適用」クリック → 設定ウィンドウを閉じる

(4) ホームディレクトリに .distroboxrc を作成

  1. デスクトップ左下の「アプリケーションランチャー」アイコンから「ユーティリティ」→「KWrite」を開く
  2. メニューの「ファイル」→「新規」
  3. 以下の内容を書き込む
xhost +si:localuser:$USER
export PIPEWIRE_RUNTIME_DIR=/dev/null
  1. メニューの「ファイル」→「名前をつけて保存」
  2. 左上の「場所」の中から「ホーム」をクリックして選択
  3. 下の「名前(N):」の欄に「 .distroboxrc 」と入力
  4. 右下の「保存(S)」をクリック
  5. KWrite のウィンドウを閉じる

(5) ホームディレクトリの .bashrc を編集

  1. 画面左下のアプリケーションランチャーアイコンから「ユーティリティ」→「KWrite」を開く
  2. メニューの「ファイル」→「開く」
  3. 下の「名前(N):」の欄に「.bashrc」を入力して右下の「開く」をクリック
  4. 一番下に以下の内容を入力
export LANG=ja_JP.UTF-8
export DefaultIMModule=fcitx
export GTK_IM_MODULE=fcitx
export QT_IM_MODULE=fcitx
export XMODIFIERS=@im=fcitx
  1. メニューの「ファイル」→「保存」を選択してから KWrite のウィンドウを閉じる

(6) ターミナルから Debian をインストール

  1. 画面左下のアプリケーションランチャーアイコンから「システム」→「Konsole」を開く
  2. ターミナル (Konsole) 内で以下のコマンドを実行
    • (“$” はプロンプトを意味するので、$ を除いた空白以降 “distrobox create ~” 部分を入力して Enter を押します。以後同じです)
$ distrobox create -i debian:12 -n debian
  1. “Do you want to pull the image now? [Y/n]:” と表示されたら「Y] を入力

(7) Debian 環境に入る

  1. 同じようにコンソールのコマンドラインから以下のように実行します。
$ distrobox enter debian

初回はインストールが入るので時間がかかります。

Debian 環境に入るとプロンプトが「(deck@steamdeck ~)$」から「deck@debian:~$」に変わります。

(8) Debian 上で環境構築

以後同じプロンプト「$」で表現していますが Debian に入った状態で行います。

  1. 以下のコマンドを実行します
$ sudo apt update
$ sudo apt upgrade -y
$ sudo apt install -y locales
$ sudo dpkg-reconfigure locales
  1. 言語選択画面になるので、キーボードから [j] キーを入力
  2. ja_JP.UTF-8 が選択されているので [SPACE] キーを押して選択状態にします (“*” マークが付きます)
  3. 同時に下段の < OK > が選択されているはずなので、そのまま [Enter] を 2回押して終了します
  4. 同じようにコンソールから以下のコマンドを実行します
$ sudo apt install -y task-japanese
$ sudo apt install -y fonts-noto-cjk
$ sudo apt install -y fcitx-mozc
$ fcitx

これで Debian 側でインストールしたアプリケーションは日本語入力が可能になります。

(9) キーボード配列の設定その2

タスクバーの右下あたりにキーボードのアイコンが追加されていることを確認します

  1. タスクバーにあるキーボードのアイコン右クリック→「設定」
  2. 「入力メソッド」のタブに、以下のように Mozc が並んでいれば OK です
キーボード - 日本語 - 日本語(OADG 109A)
Mozc

  1. もし日本語キーボードを使用しているのに、上の段が「キーボード ~ 日本語 (OADG 109)」になってない場合は切り替えてください
    • 画面下の「+」ボタンから新たに「日本語」配列を追加して、「-」ボタンで不要なものを削除しておきます
  2. タブを「全体の設定」に切り替えます
  3. 入力メソッドのオンオフ」の部分で、日本語入力切り替え方法を確認します
    • デフォルトでは「Ctrl+Space」が設定されているはずです。
  4. 設定ウィンドウを閉じます

これであとは Debian 側でインストールしたアプリケーションは日本語入力ができます。日本語入力への切り替えは「Ctrl」を押しながらスペースキーです。

注意点としては、デスクトップ左下のアプリケーションランチャーからは起動できず、Debian のコマンドラインから起動する必要があります。またこの手順では自動起動のの設定をしていないので、再起動後は手動で fcitx を起動する必要があります。

再起動後やゲームモードから切り替えた場合に再び Debian 環境に入る手順

  1. Konsole を起動し、ターミナル内で「 distrobox enter debian 」を実行
  2. Debian 環境に入ったらコマンドラインで「fcitx」を実行

タスクバーにキーボードのアイコンがない場合は手動で fcitx を起動してください。

以下アプリケーションごとのインストール例

あくまで例なので必要に応じてどうぞ。

Firefox

Debian 環境に入った状態で以下のようにインストールします。インストールが終われば firefox コマンドで起動できます。この firefox 上では [Ctrl] + [SPACE] で日本語入力ができます。

$ sudo apt install -y firefox-esr
$ firefox

起動時に「KDE ウォレットサービス」の画面が表示された場合はとりあえずキャンセルします。

なお、この Firefox は SteamOS 側のアプリケーションランチャーやタスクバーからは起動できないので注意が必要です。必ず distrobox enter debian で Debian 環境に入ったあとに、コマンドラインから firefox を起動してください。

Chrome

  1. firefox で Chrome for Linux をダウンロードします。「64bit .deb (Debian/Ubuntu 用)」を選択します
  2. ダウンロードしたファイルは Downloads フォルダに入っているので、Debian 環境に入ってからコマンドラインで以下のようにインストールします
$ sudo apt install -y $HOME/Downloads/google-chrome-stable_current_amd64.deb
$ google-chrome
  1. インストールが終わったら「google-chrome」コマンドで起動できます

gnome-terminal

  1. Debian 環境に入ってからインストールします
$ sudo apt install -y gnome-terminal
$ dbus-launch gnome-terminal
  1. ターミナルを起動するには「dbus-launch gnome-terminal」コマンドを実行します

Debian 側から起動したこのターミナルでは日本語入力ができます

VSCode

chrome と同じようにブラウザ上で「~.deb」ファイルをダウンロードし、「apt install 」コマンドでインストールします

  1. firefox で https://code.visualstudio.com を開いて 「.deb」ボタンから VSCode をダウンロードします
  2. ダウンロードが完了すると Downloads フォルダに入っているので、apt コマンドでインストールします (バージョンによってファイル名は異なります)
$ sudo apt install -y $HOME/Downloads/code_1.85.2-1705561292_amd64.deb
$ code
  1. インストールが完了したら、code コマンドで起動できます。もちろんテキストエディタとして普通に日本語入力できます。

Distrobox の管理

SteamOS 側のコマンドライン上で管理できます。同時に複数の環境を実行しないよう、不要なものは stop しておいてください。

インストールされているコンテナの確認

$ distrobox list

実行中のコンテナの停止

$ distrobox stop debian

名前をつけて別の Debian 環境を作成

$ distrobox create -i debian:12 -n debian2

その他詳しくは公式サイトをご覧ください。

活用など

SteamDeck の SteamOS はタブレットやスマートフォンのように電源ボタンによるスリープができます。いつの間にか電源が入っていて知らないうちにバッテリーを消費しているなんてこともなく安定しています。バッテリーも TDP を 3W まで下げることができるので、色々使えるのではないかと思ってます。

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Intel CPU Core i7-13700 (RaptorLake) の vfpbench 結果

Core i 12世代 (Alder Lake) 以降の Intel CPU は P-Core と E-Core、2種類の異なる CPU Core を搭載しています。ARM 系 CPU と同じように必要な負荷に応じてこれらのコアが使い分けられます。

vfpbench では種類によって計測するコアを区別する必要があるのですが、AlderLake 以降の Intel の非対称コアを今まで正しく認識できていませんでした。今回 Core i7-13700 を入手し、ようやく対応できたので結果を載せてみます。なお Linux では非対称コアを識別しますが、WSL1 上では区別できていないのでご注意ください。

以下は Linux で実行した Core i7-13700 の結果です。

結果からわかるように P-Core のピーク値は AVX 256bit の fma x 2 になっています。ここまでは従来の Skylake/IceLake 系と同じですが、mul + add の組み合わせの場合に 3命令実行できていることがわかります。

Ryzen Zen3/4 のように fma + add の組み合わせにならないためピーク値には影響がありませんが、おそらく AlderLake 以降は最大で 256bit x 3 命令が実行できるように拡張されているものと思われます。

P-Core
AVX vmul+addps (32bit x8) n8      :    0.197   124487.7    15561.0  (  8.0 3.1)
FMA vfmaddps (32bit x8) n8        :    0.371   132011.8     8250.7  ( 16.0 1.6)
FMA vfmaddps (32bit x8) n12       :    0.442   165987.5    10374.2  ( 16.0 2.0)
FMA vfma+mlps (32bit x8) n12      :    0.442   124495.1    10374.6  ( 12.0 2.0)
FMA vfma+adps (32bit x8) n12      :    0.381   144625.0    12052.1  ( 12.0 2.4)

また AVX512 が使用できません。そのため本来は対応していたと思われる fp16 演算や bf16 命令などもなくなっています。VNNI はあります。

E-Core の場合はピークが AVX 256bit fma x1 となっており、サイクルあたりの演算能力は P-Core の半分となっています。128bit 以下の場合は 2命令走っているので、実行パイプラインそのものは 128bit が 2本になっていると思われます。

E-Core
SSE addps (32bit x4) n8           :    0.305    32258.5     8064.6  (  4.0 2.0)
FMA vfmaddss (32bit x1) n12       :    0.525    14067.6     7033.8  (  2.0 1.7)
FMA vfmaddps (32bit x4) n12       :    0.521    56609.3     7076.2  (  8.0 1.7)
FMA vfmaddps (32bit x8) n8        :    0.602    65431.3     4089.5  ( 16.0 1.0)
FMA vfmaddps (32bit x8) n12       :    0.902    65432.2     4089.5  ( 16.0 1.0)
FMA vfma+mlps (32bit x8) n12      :    0.914    48433.6     4036.1  ( 12.0 1.0)
FMA vfma+adps (32bit x8) n12      :    0.914    48434.4     4036.2  ( 12.0 1.0)
128 add128 mul128 fma256 最大256 add256 mul256 fma256 最大
P-Core22232223
E-Core22221111

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Windows 10 を使って Intel CPU でゲーム開発をしてはいけない理由

近年の Intel CPU はスマートフォンや Apple と同じような非対称な CPU Core を採用しています。高性能コアと呼ばれる P-Core と、高効率(低消費電力)コアである E-Core の組み合わせです。この非対称な構造は Core i の第 12 世代 (Alder Lake) から用いられており、Core i9 で比較すると以下のようになります。

CPU P-CoreE-Core合計コア数合計スレッド数
2021年Core i9-12900KAlderLake881624
2022年Core i9-13900KRaptorLake8162432
2023年Core i9-14900KRaptorLake Refresh8162432

P-Core はシングルスレッド性能が高く HT に対応しているものの消費電力が高く強力な冷却が必要になります。E-Core はピーク性能が低い代わりにコンパクトでより多くの Core を搭載できます。

Windows 10 が問題なのは、OS のスケジューラーがこの非対称な CPU コアの性能を引き出すことができずに著しく性能が落ちてしまう場合があるからです。

実際に Core i7-13700 を使用して Windwos 10 で UnrealEngine 5 のビルド時間を測定してみます。Core i7-13700 は Core i9-12900K 同様 8P + 8E の 16コア、24スレッドの CPU です。

CPUCoreCore数Thread数RAMSSDビルド時間比較
Core i7-13700RaptorLake162464GBNVMe 480分32秒↑遅い
Ryzen 5 3600Zen261232GBNVMe 377分46秒
Core i7-11700KRocketLake81632GBSATA68分46秒
Ryzen 9 3950XZen2163264GBNVMe 436分03秒↓速い
  • VisualStudio 2019、 UE5 5.1.1 の Development Editor をビルドしたときの時間の比較
  • ビルドにかかった時間が短い方が高速

ビルド時間で旧世代の CPU 「Core i7-11700K」に敵いません。Core i7-13700 は K 無し (65W) モデルということもありますが、同じ 65W でコア数が半分以下の CPU 「Ryzen 5 3600」にも負けていることがわかると思います。

Core i7-13700 のビルド速度が予想以上に遅くなっている原因はタスクマネージャーを見るとすぐに分かります。下はビルド中のタスクマネージャーをキャプチャしたものです。

↑ 本来 24スレッドあるはずなのに 1/3 の 8スレッドしか稼働していません。しかもこの 8 スレッドはちょうど E-Core の 8個分に相当します。

UnrealBuildTool (UBT) は 8 コアにしか割り当てられていないことを知らないため、本来の 24 スレッドと認識しています。ビルド中は 14 個ものコンパイラが起動しており、これがすべて E-Core 8個に押し込められてしまうわけです。

そこで、UEFI (BIOS) で E-Core を無効化して P-Core だけを使ってビルドしてみることにします。以下の表にその結果を載せています。E-Core を無効化するだけで 55分まで短縮されました。ビルドが 25分も早く終わります。

CPU コア数スレッド数RAMSSDビルド時間比較
Core i7-13700無変更162464GBNVMe 480分32秒↑遅い
Core i7-13700E-Core 無効化81664GBNVMe 455分43秒↓速い

原因と回避方法など

ビルド中のタスクマネージャーを見ると、コンパイラは「基本優先度」が「通常以下」(BelowNormal) の状態で走っていることがわかります。

Windows 10 のスケジューラはおそらく、優先度が「通常」(Normal) より低い場合に E-Core に割り当てる仕組みになっているものと思われます。実際に UE5 5.1.1 の UnrealBuildTool の設定値を書き換えて、プロセスの優先度を Normal まで上げるときちんと全部の CPU Core にタスクが割り振られるようになりました。

UnrealBuildTool だけでなく、同じ問題は他のツールでも発生します。例えばシェーダーのコンパイル (ShaderCompileWorker) も同様で、負荷が E-Core のみに集中することがわかっています。

この問題は Windows 11 を使うことで解決します。

WIndows 11 では低プライオリティのタスクが E-Core だけに割り当てられてしまうことが無く、優先度が「通常以下」(BelowNormal) の場合でもすべてのコアを使用してビルドを行います。ビルド速度の比較表に Windows 11 での結果を加えてみました。

CPU コア数スレッド数RAMSSDビルド時間比較
Core i7-13700Windows 10 無変更162464GBNVMe 480分32秒↑遅い
Core i7-13700Windows 10 E-Core 無効化81664GBNVMe 455分43秒
Core i7-13700Windows 11 無変更162464GBNVMe44分55秒↓速い

↑ Windows 11 にアップグレードするだけでビルド時間を 35分も短縮することができました。

タスクマネージャーでもきちんとすべてのコア、24スレッドが使われています。

なお、UE5 5.2 からは UnrealEngine 側でもこれらの対応が行われています。UnrealBuildTool (UBT) の ParallelExecutor 利用時は以下のように、CPU が非対称コアを搭載している場合、優先順位を「通常以下」(BelowNormal) ではなく「通常」(Normal) に設定するようになっています。

/// The priority to set for spawned processes.
/// Valid Settings: Idle, BelowNormal, Normal, AboveNormal, High
/// Default: BelowNormal or Normal for an Asymmetrical processor as BelowNormal can cause scheduling issues.
/// </summary>
[XmlConfigFile]
private static ProcessPriorityClass ProcessPriority = Utils.IsAsymmetricalProcessor() ? ProcessPriorityClass.Normal : ProcessPriorityClass.BelowNormal;

そのため Windows 10 でも UE5 5.2 以降はエンジンのビルド時間が短縮されるようになりました。ただしこれは根本的な解決ではなく、ツール個別の対応になるため注意が必要です。もし対応していないツールが存在する場合 (他の UBT Executor や分散ビルドなど) はやはりパフォーマンスが低下してしまう可能性があります。

Core i 12000 シリーズ (第12世代, AlderLake) が出たばかりの頃はまだ Windows 10 搭載 PC も出荷されていました。せっかく新しい PC に入れ替えたのに、ビルド時間がかえって遅くなってしまうなんてことがありました。

流石に今はもう無いと思いますが、Alder Lake 以降の Intel CPU 上でゲーム開発を行う場合は Windows 11 を使用することをお勧めします。

Ryzen Zen3 の vfpbench 結果

Zen4 と順序が逆になりましたが Zen3 の結果も手に入れることができました。モバイル向け APU、Ryzen 5 5560U です。

実行ユニットは Zen2 同様 256bit の乗算(積和) x2 + 加算 x2 の構成です。そのため単純な fma 換算ではピーク値が Zen2 と変わらない fma x2 となるのですが、Zen3 の場合少々結果が異なります。

AVX vmulps (32bit x8) n8          :    0.172    64245.3     8030.7  (  8.0 3.5)
AVX vaddps (32bit x8) n8          :    0.172    64267.0     8033.4  (  8.0 3.5)
AVX vmul+addps (32bit x8) n8      :    0.086   128217.7    16027.2  (  8.0 7.0)
FMA vfmaddps (32bit x8) n8        :    0.214   103087.1     6442.9  ( 16.0 2.8)
FMA vfmaddps (32bit x8) n12       :    0.275   120290.1     7518.1  ( 16.0 3.3)
FMA vfma+mlps (32bit x8) n12      :    0.258    96422.6     8035.2  ( 12.0 3.5)
FMA vfma+adps (32bit x8) n12      :    0.172   144552.0    12046.0  ( 12.0 5.2)
AVX vml+ad+adps (32bit x8) n9     :    0.244    50965.1     6370.6  (  8.0 2.8)

fma x2 よりも fma + add の方が値が高くなっており、fma x 2 に加えて add も十分なスループットで回っているように見えます。ピーク値も追加の add 命令の分だけ上昇しています。パイプライン構成自体は大きく変わらないものの、Zen2 より命令発行数と実行効率が向上し、演算性能が上がっている事がわかります。

Zen4 の場合はこれに加えてさらに AVX512 にも対応します。fma だけ見ると違いがないように見えるかもしれませんが、世代毎に演算能力は上がっています。

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Pixel 7a Google Tensor G2 の vfpbench の結果

Google の Pixel 7a は Pixel 7 や Fold と同じ Tensor G2 が搭載されています。Tensor G2 でも vfpbench を走らせてみました。

Tensor G2 には 3種類の CPU Core が搭載されています。

Cortex-A55x41.80 GHz
Cortex-A78x22.35 GHz
Cortex-X1x22.85 GHz

それぞれの結果を詳しく見ると、A55 はスカラーの add, mul, fma や 64bit 演算で 2命令走りますが 128bit 演算では 1命令です。よって 64bit 演算 x2 の構成であることがわかります。

A55
FPU fmul (32bit x1) n8            :    0.319     3389.7     3389.7  (  1.0 1.9)
FPU fadd (32bit x1) n8            :    0.334     3243.8     3243.8  (  1.0 1.8)
FPU fmadd (32bit x1) n8           :    0.319     6785.6     3392.8  (  2.0 1.9)
NEON fmul.4s (32bit x4) n12       :    0.924     7027.6     1756.9  (  4.0 1.0)
NEON fadd.4s (32bit x4) n12       :    0.928     6995.3     1748.8  (  4.0 1.0)
NEON fmla.4s (32bit x4) n12       :    0.924    14046.3     1755.8  (  8.0 1.0)

対して A78 はスカラーも 128bit 演算も変わらず 2命令で一定なので、128bit x2 になります。

A78
FPU fmul (32bit x1) n8            :    0.301     4676.9     4676.9  (  1.0 2.0)
FPU fadd (32bit x1) n8            :    0.301     4678.5     4678.5  (  1.0 2.0)
FPU fmadd (32bit x1) n8           :    0.301     9353.7     4676.9  (  2.0 2.0)
NEON fmul.4s (32bit x4) n12       :    0.452    18712.2     4678.1  (  4.0 2.0)
NEON fadd.4s (32bit x4) n12       :    0.452    18713.6     4678.4  (  4.0 2.0)
NEON fmla.4s (32bit x4) n12       :    0.452    37368.1     4671.0  (  8.0 2.0)

最上位の Cortex-X1 はスカラー・ベクター関係なく add/mul 演算で 4命令、fma で 2命令です。fma のピーク値だけ見るとあまり差がないように見えますが、128bit x4 と演算能力が大きく拡張されており高いスループットが期待できます。

X1
FPU fmul (32bit x1) n8            :    0.151    11337.4    11337.4  (  1.0 4.0)
FPU fadd (32bit x1) n8            :    0.150    11370.1    11370.1  (  1.0 4.0)
FPU fmadd (32bit x1) n8           :    0.301    11364.5     5682.3  (  2.0 2.0)
NEON fmul.4s (32bit x4) n12       :    0.226    45347.7    11336.9  (  4.0 4.0)
NEON fadd.4s (32bit x4) n12       :    0.226    45353.3    11338.3  (  4.0 4.0)
NEON fmla.4s (32bit x4) n12       :    0.448    45813.8     5726.7  (  8.0 2.0)

まとめると以下の通りです。

s-adds-muls-fmav-addv-mulv-fma
Cortex-A5522211164bit x2
Cortex-A78222222128bit x2
Cortex-X1442442128bit x4

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